I.B型肝炎ウイルス (HBV)
B型肝炎ウイルス(HBV)は最初にBlumbergによりオーストラリア抗原として報告されたDNAウイルスです (A “new” antigen in leukemia sera.JAMA 191:541-546, 1965).
東南アジアを中心に世界で約2億人の保有者が,日本では約130-150万人の保有者が存在すると推定されていますが,母子感染予防により今後は減少していくと予想されます.
図.B型肝炎ウイルスの世界分布
最近B型肝炎ウイルスにも7種類のサブタイプがみられ,日本ではほとんどがB型とC型ですが,サブタイプが予後と関係することが報告され ,C型はB型より予後が悪いとされています(J Med Virol 65:257,2001).最近首都圏で増加しているA型は,成人感染でもキャリア化することが問題と され,年間感染者数は1万人程度と推測されています.
HBV 遺伝子型
Genotype | Subtype | 特徴 |
A | Aa(アジア・アフリカ型) | 最近首都圏で増加 |
Ae(欧米型) | インターフェロンの治療効果が高い | |
B | Ba(アジア型) | 若年発症の肝細胞癌が多い |
Bj(日本型) | 日本に多く,予後は良好.(≒adw) | |
C | Ce | 日本に多く,肝細胞癌発症率が高い.治療抵抗性.(≒adr) |
Cs | 東南アジア型 | |
D | 南欧・エジプト・インド | ヨーロッパに多い |
E | 西アフリカ | 西アフリカに限局 |
F | 中南米 | 新大陸に限局 |
G | 北米・ヨーロッパ・日本 | 他のgenotypeと共感染 |
H | 中南米 | |
I | Cの亜系 | |
J | 日本 | 猿の配列に類似 |
なおこのHBVに寄生する形でD型肝炎ウイルス(Rizzetto M, et al:Delta antigen : association of delta antigen with hepatitis B surface antigen and RNA in the serum of delta-infected chimpanzees.Proc Nat Acad Sci USA 77:6124-6128, 1980)が存在しますが日本ではまれです.
II.B型肝炎の予防
B型肝炎ワクチン
薬品名 | 販売会社 | 用量 |
ビームゲン | アステラス製薬 | 10μg (0.5ml)/5μg (0.25ml) |
ヘプタバックス‐II | MSD | 10μg (0.5ml)/5μg (0.25ml) |
初回と4週後,さらに12〜24週後に0.5mlずつ3回投与す(筋注または皮下注)
10歳未満の小児には0.25mlつ3回投与(皮下注)
抗HBs人免疫グロブリン
薬品名 | 販売会社 | 用量 |
抗HBs人免疫グロブリン「日赤」 | 日赤 | 1000単位(5ml)/200単位(1ml) |
乾燥HBグロブリン | 日本製薬 | 1000単位(5ml)/200単位(1ml) |
ヘパトセーラ | アステラス製薬 | 1000単位(5ml)/200単位(1ml) |
事故時:7日以内(48時間以内が望ましい)
1回1000〜2000単位筋注.
小児:32〜48単位/kg筋注
新生児:生後5日以内に100〜200単位筋注(48時間以内が望ましい)
追加時は32〜48単位/kg筋注
母子感染予防
1986年よりHBs抗原持続陽性妊婦から出産する児に対してHBIGとHBワクチン接種が行なわれています.
母子感染予防
2016年4月1日以後の出生児に対して,1歳になるまでに3回のHBワクチンが公費で接種できるようになりました.
III.B型肝炎の検査
HBVウイルスマーカー
HBs抗原
HBVの表面を被う蛋白でpre-S1,pre-S2,S領域からなり,図に示すように3種類のHBs抗原が存在します.HBs抗原陽性であることはHBVが存在し,構造蛋白を合成・分泌している状態を示します.
HBs抗原
HBs抗体
HBs抗体は感染を防御する中和抗体と考えられています.よってHBs抗体が陽性ならば臨床的に治癒した状態と考えられますが,HBワクチン接種後に,HBs蛋白の遺伝子変異(sG145R)により,HBs抗体陽性にもかかわらずHBs抗原が検出される vaccineinduced escape mutant が報告されています.
HBc抗体
HBc抗体はHBVの存在を示す抗体で中和作用はありません.高力価のHBc抗体は持続感染を意味し,キャリアの状態と考えられます.急性肝炎では主にIgM型が,慢性肝炎では主にIgG型が上昇します.さらにIgM型はHBVキャリアにみられる7S IgM型と急性肝炎や慢性肝炎の増悪の際にみられる19S IgM型に分類されます.
HBe抗原
HBe抗原は構造上HBc抗体と多くの部分が重複しますが,HBe抗原はHBVの増殖と相関します.HBe抗原の陰性化をseronegative,HBe抗体の出現をseroconversion と呼んでいます.
HBc抗原とHBe抗原
HBe抗体
HBe抗体も中和作用はありません.以前はseronegative またはseroconversion した場合は炎症は鎮静化すると考えられていました.しかし実際には炎症が持続する場合も多く,これはpre-Cのアミノ酸が 停止コドンに変異したり(G1896A),コアプロモーター領域が変異したため(A1762T/G1764A),HBe抗原が生成・分泌不能になったためと考えられています.seroconversion 後にHBV DNAが低値を示す症例では,持続的な肝炎の鎮静化が期待できます.
B型肝炎ウイルスマーカーのまとめ
意味 | |
HBs抗原 |
HBVに感染している |
HBs抗体 |
HBV感染の既往 |
HBc抗体(高力価) |
HBV感染 |
HBc抗体(低力価) |
HBV感染の既往 |
IgM型HBc抗体(高力価) |
HBV感染初期 |
IgM型HBc抗体(低力価) |
HBV急性増悪 |
HBe抗原 |
HBV量が多く感染力が強い |
HBe抗体 |
HBV量が少なく感染力が弱い |
HBV DNA |
HBVそのもの |
DNAポリメラーゼ |
HBV増殖 |
HBV DNA
分岐プローブ法(0.70 - 3800 Meq/ml;検出限界 7×105copy/ml = 2.1pg/ml)
TMA法(3.7 - 8.7 LGE;logarithm genome equivalent/ml;検出限界 5000copy/ml = 3.7LGE/ml)
RNAを増幅する核酸増幅法と,増幅した核酸に相補的な化学発光物質標識DNAプローブによるハイブリダイゼーション法を利用したHBV DNAの定量測定法
PCR法(2.6 - 7.6 LC;log copies/ml;検出限界 32copy/ml)
RNAを増幅する核酸増幅法
HBcrAg
pregenomic mRNA から翻訳されるHBc抗原,precore mRNAから翻訳されるHBe抗原,p22cr抗原の3種類の抗原構成タンパクの総称で,肝組織中のcccDNA量と相関すると報告されています(Genes 10:357,2019 ).
IV.B型肝炎の病態
B型肝炎の病態
一過性感染 | 症状(-) | 不顕性感染 |
症状(+) | 急性肝炎 | |
持続感染 | 肝機能正常&肝組織正常 |
無症候性健常キャリア |
肝機能正常&肝組織異常 | 無症候性キャリア | |
肝機能異常&肝組織異常 |
慢性肝炎 |
HBV と病態
HBV DNA | HBe抗原 | HBe抗体 | HBs抗原 | ALT | 組織像 | |
免疫寛容期 | 108 - 1010 | + | - | + | 正常 | 軽度の炎症 |
HBe抗原陽性肝炎期 | 106 - 1010 | + | - | + | 上昇 | 高度の炎症 |
HBe抗原陰性肝炎期 | 103 - 108 | - | + | + | 上昇 | 高度の炎症 |
非活動期 | < 104 | - | + | + | 正常 | 軽度の炎症 |
回復期 | - | - | - | - | 正常 | 軽度の炎症 |
V.B型肝炎 の自然経過
自然経過
HBe抗原陽性無症候性キャリア
幼少期に垂直感染した場合90%以上が肝機能正常の高ウイルス状態となります.
HBe抗体陽性無症候性キャリア
成人までに85-90%はHBe抗原からHBe抗体に seroconversion します.慢性活動性肝炎における seroconversion は,5-10% / 年と報告されています.
B型肝炎の自然経過
病態と経過観察
B型肝炎の病態に応じた経過観察
VI.B型急性肝炎
感染経路
非経口感染および垂直感染が主な感染経路です.輸血後肝炎は1972年にHBs抗原検査,1999年に核酸増幅検査(NAT)が導入されたことにより,発生頻度は少なくなりました.垂直感染も1986年より始まった母子感染予防事業以後ほとんど発症はみられなくなりました. 感染した場合は約35日でHBV DNAが,約60日でHBs抗原が検出可能となります(N Engl J Med,334(26):1685,1996).
経過
従来本邦においてはB型急性肝炎の慢性化は少ないとされてきましたが,慢性化率の高い遺伝子A型(10%の頻度でキャリア化)が増加していることより,今後はキャリアが増加することが予想されます.また遺伝子Bj型,プレコア変異(A1896)は劇症化に関与する因子とされています.
VII.B型慢性肝炎
経過
HBs抗原保有者の8割はHBe抗原が自然に陰性化し肝機能が悪くなることはないと考えられます.HBe抗原が陰性化しなかった2割のHBs抗原保有者は病勢が進行する可能性があります.HBe抗原よりHBe抗体への変化をセロコンヴァージョンといい,多くの場合肝炎の進行は鎮静化すると考えられますが,一部進行する症例も存在します.
治療
インターフェロン
HBe抗原,DNAポリメラーゼ陽性のB型慢性活動性肝炎が対象です.従来4週間の投与が保険で認められていましたが,あまり良い結果は報告されていません(肝臓 35:91,1994).2000年より6カ月間の投与が認められるようになりましたが,若干の効果の向上がみられます(HBVDNA陰性化率;4週vs20週;21.4%vs12%,肝胆膵 38:869,1999).HBe抗体陽性で肝機能異常を呈する場合にはインターフェロンの効果は低いようです(Am J Gastroenterol 94:1336,1999).ウイルス量が多くなく,炎症が強い症例がインターフェロンの良い適応と考えられています.一方,代償期肝硬変に対するインターフェロンの投与を非投与と比較すると,3年後4.5%vs13.3%,5年後7.0% vs 19.6%,10年後17.0% vs 30.8%と肝細胞癌の発症が抑制されることが報告されています(Cancer 82:827,1998).
ラミブジン
ラミブジンはヌクレオシドアナログの抗ウイルス剤であり,HBV-DNAポリメラーゼ/逆転写酵素の基質に競合的に拮抗するとともに,HBV-DNAに取り込まれDNA鎖の伸長を停止することにより複製を阻害すると考えられます.ラミブジンは1年間の投与でHBe抗原陰性化率32%(コントロール:11%),HBVDNA陰性化44%(コントロール:16%)と有用性が報告されています(New Engl J Med341:1256,1999).“B型肝炎ウイルスの増殖を伴う肝機能の異常が確認されたB型慢性肝炎”に対して保険適応も認められ,今後使用頻度が増すと考えられます.ただし,HBe抗体陽性のB型慢性肝炎に対するラミブジン単独の効果は期待できないようです(J Hepatol 32:300,2000).また,耐性ウイルスの発現と投与中止後の急性増悪の問題が残されています.耐性ウイルスはDNAポリメラーゼの部分がYMDDからYVDDまたはYIDDに変異することによりラミブジンに対する耐性を獲得し(Hepatology24:711,1996),この耐性ウイルスのため肝機能が悪化することがあります.SubtypeBa型に多いとされています(J Hepatology 38:315,2003)が,この場合急にラミブジンを中止すると野生株が再増殖しさらに肝機能が悪化する危険があります.また,投与終了後に肝機能の悪化をきたす場合があり,投与中止後半年間は肝機能の経過をみることが必要です.投与終了の目安はHBe抗原陽性例ではセロコンヴァーションが6カ月持続した場合,HBe抗原陰性例ではHBs抗原の消失またはALTが正常化し,ウイルスの消失が6カ月以上持続した場合とされています.また,ラミブジンを1年間投与するより,ラミブジンとインターフェロンを半年間併用した方がセロコンヴァージョン率が高いと報告されています(46% vs 27%)(J Hepatol 35:406,2001).2000年11月に慢性B型肝炎に,2005年9月にB型肝硬変に保険適応となりました.
アデホビル
2004年10月22日付けでアデホビルが承認されました.ラミブジン投与中にB型肝炎ウイルスの持続的な再増殖を伴う肝機能の悪化が確認された場合のみと制限はありますが,選択肢が増えました.YMDD変異を伴うB型慢性肝炎でラミブジン単独療法とアデホビル併用療法を比較したところ52週後に併用療法群で有意なHBV DNAの減少が見られたと報告されています(-4.6 vs 0.3 log10copy/ml )(Gastroenterol 126:81,2004).
エンテカビル
2006年7月に慢性B型肝炎とB型肝硬変にエンテカビルが承認されました.HBe抗原陽性例に対するラミブジンとエンテカビルの比較では,肝組織の改善,抗ウイルス効果のいずれもエンテカビルが勝っていました(N Engl J Med 354(10):1001,2006).副作用および変異ウイルスの出現のいずれも低いことより,第一選択薬となりました.
テノホビル・ジソプロキシルフマル酸塩 (TDF) (テノゼット®)
2014年3月24日に慢性B型肝炎にテノホビルが承認されました. テノホビルの核酸アナログ未治療例に対する治療効果はエンテカビルと同等とされています(肝臓 55:A42N,2014).
テノホビル・アラフェナミド (TAF) (ベムリディ®)
2016年月12日19日に慢性B型肝炎にテノホビル・アラフェナミドが承認されました.テノホビルのプロドラッグであり,テノホビルより腎機能障害や骨密度低下が少ないことが示されています.
sequential 治療
核酸アナログ 治療でe抗原が陰性化した(または陰性症例)症例で drug free とするため,IFNと核酸アナログを1カ月間併用しトータルIFN6カ月使用し治療を中断する治療
薬剤耐性出現率
1年 | 2年 | 3年 | 4年 | 5年 | |
ラミブジン | 24% | 40% | 57% | 67% | 71% |
アデホビル | 0% | 3% | 11% | 18% | 28% |
エンテカビル | 0.2% | 05% |
1.2% |
||
テノホビル | 0% |
ETV:Entecavir,TDF:Tenofovir
図 厚労省班会議によるB型慢性肝炎の治療ガイドライン (2016年)
ETV:Entecavir,TDF:Tenofovir
図 肝臓学会によるB型肝炎治療ガイドライン 第4版 (2022年)
抗ウイルス薬以外の治療薬
強力ミノファーゲンC
ウルソデオキシコール酸
小柴胡湯
なお,30歳以下,ALT値高値(>150 IU/l),HBV DNA低値(<7 LGE/ml)の場合は自然経過でseroconversion しやすいため,経過観察でもよいかと思われます.